【マル得】神道において、亡くなった偉人や政治家などが死後神様として扱われる…

【マル得】神道において、亡くなった偉人や政治家などが死後神様として扱われる…

神道において、亡くなった偉人や政治家などが死後神様として扱われる…

神道において、亡くなった偉人や政治家などが死後神様として扱われることが多いですが、全ての神様がもとは人間だったというわけではないですよね? 例えば山にいる神様…いつ、なにから生まれたのでしょうか?
初日の出とともにやってくる歳神様の正体は、なんなのでしょうか?
よく、お守りを2つ持っていると神様が喧嘩するから良くない、と言いますが、皆 仲が悪いのですか?!

神道は、統一されておらず、神の基準がありません
そのため、各地の神社は、祭神もてんでバラバラ...アンサー

神道は、統一されておらず、神の基準がありません
そのため、各地の神社は、祭神もてんでバラバラ
1神話上の神
天照大神や須佐之男命、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)など
2他宗教の神
弁財天や大黒天、毘沙門天(ミトラ神)、牛頭天王(ミトラ神)、第六天神(第六天魔王波旬=シヴァ神)など
特に牛頭天王社と大六天神社は、江戸時代まで夫々5,000社以上も存在してました
仏教、道教、ヒンズー教(バラモン教)、一神教系も見られます
諏訪大社・白人神社(添付写真)は、明らかに聖書系であり、ユダヤ教or原始キリスト教です
鹿の首を75頭分捧げる生贄などは、明白に聖書の「イサクの燔祭」に由来しており、日本古来の発想にないです
3天皇
天皇(上皇)は死後神性を持つとされています。
逆に恨みを持ってなくなると、大魔王です
崇徳上皇が史上最大の魔王であり、鎮める為、金刀比羅宮の相殿(副祭神)です
4武将や人
平将門・菅原道真など。
僧侶も祭神として祀られてます
道祖神は、名もなきご先祖です
靖国神社/護国神社のように戦死者・戦争犠牲者を祭神とする例もあります
5外国人
百済王や高句麗王族、フル/フツ(布都魂 ふつのみたま=朝鮮固有の先祖神)
徐福も数多く祀られている
渡来人が持ち込んだものが多い
6自然霊
龍や蛇・狐・狸・天狗など人としての過去生をもたないもの
7自然神
自然を神格化したもの(=アニミズム)
8物品に宿る神
石や剣などに宿る神
9性器信仰
東アジアの土着信仰として見られる
人の強い精力を見せつけて、悪霊を寄せ付け無いという意味もあり、東南アジアの村の入口には性器の模型がよく置かれる
インドなどでも土着の男性器(リンガ)信仰が強く、シバ神の象徴でもある
>山にいる神様
世界の宗教は共通して山に神が居るとします
モーセは、神(ヤハウエ)に会うためにシナイ山に登り十戒を授けられてます
アブラハムは、息子のイサクを神への生贄とするために、モリヤ山に登ってます
仏教は山を強く意識しており、すべての寺は山号を持っており、寺院の本部を本山と言います
バラモン教(後のヒンズー教)も山を意識していて、山岳信仰化してますがアジアに広まるうちに、仏教化して密教(山岳仏教)となってます
ヒマラヤのカイラス山(標高6656 m)は、仏教(特にチベット仏教)、ボン教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の聖地であり、頭頂許可が降りず、未踏峰として知られます
神道の山の神は平地の神と同じであったりしますが、密教系の天部や権現であることも多いです
世界には共通して山に登って霊格の高い神に近付こうという発想があり、密教と言います
ユダヤ教の修験者と日本の修験者(密教)は、ほぼ同じ格好でともにひたすら山に登ります
>初日の出とともにやってくる歳神様の正体
明治以降に造った神であり、具体性がありません
明治以降に鉄道の発達に伴い、正月に家族で遠出して神社や仏閣へ初詣することがブームになり、やがて定着したからです
単なる正月の行楽に過ぎず、その証拠に目的地は神社でも仏閣でも良いとされてます
江戸時代以前には無かった習慣です
故に、ご都合主義で、急に「歳神」などと言い出しただけの話です
そもそも、グレゴリオ暦の1月1日に、神道の歳神が来るんなんて、茶番でしょw
>お守りを2つ持っていると神様が喧嘩するから良くない
神と呼ばれるレベルの高級霊体は喧嘩しません
しかし
1神社と仏閣のお守り・御札を一緒にすると効果がほぼなくなる
2複数のお守り・御札は意識が分散してしまうので、できれば1つ又は少数が良い
と、能力者たちが述べてます
◆鹿の首を75頭分捧げる諏訪大社の御頭祭(現在は剥製)
1年中で最重要神事とする
これは聖書のイサクの燔祭に由来するユダヤの祭りそのもの
ユダヤでは羊を75頭捧げた。
日本には羊がいないので鹿を捧げたとみられる
鹿は日本では神獣とされるため、生贄にすることなどまずありえない
しかも聖書のイサクの燔祭に酷似した寸劇が、戦前までは祭りで行われていた。
聖書のモリヤ山ならぬ守屋山があり、重要な意味を持つ
7年に1度行われる、御柱祭りも聖書に由来している
◆人間が神になったわけではないです。
神式葬儀を行うなどして神になった例もありますが、多くはないです。
また日本の神と神が喧嘩することはないのです。
◆日本には八百万(やおよろず)の神々が居ると言われていますが、大きく分けると4種類の神に分けることができます。
・神話の神で天皇に関係ある神社で伊勢神宮や出雲大社などがあります。
・死んだ人を神として敬う天満宮や東照宮や靖国神社などがあります。
・中国やインド由来の神で、七福神があります。
・木々や森や湖など日本全国に自然を神として祀る神社や社が数多くあります。
この自然信仰が日本古来の信仰であり、神として敬うということはみんなで大切に守るということでした。みんなで大切に守ることによって、自分たちも自然からの恵みによって守られるという考え方なのだと思います。この考え方が他の神にも受け継がれ、全ての神を大切にすることで人間も守られるという考え方になったのではないでしょうか。どんな神でもそのまま受け入れることで、争わずに皆が平和に暮らすための知恵だったのではないかと考えています。
日本の神道には教義がありません。教義がないということは神が人間に対して何も教え導いていないと言うことです。有るのは祭りや結婚式やお祓いなどの儀式だけです。宗教には必ず教義や経典があり、人間に対して何らかの指針を示していることが必要です。教義がなく儀式だけが有るということは宗教ではなく日本の伝統文化だと考えた方が良いのではないかと思っています。宗教ではなく日本の文化であったからこそ、どんな神様も受け入れることができたのではないでしょうか。
キリスト教やイスラム教のような一神教の神が人間に対して絶対的な支配者であり、人間に服従を求めるのに対して、日本の神は人間に対して服従を求めたり指示を出したりしていません。神社には死んだ人の怨念や呪いや自然の脅威を鎮めたり、封じ込めるために設けられたものもありますが、神になれば人間にない力を持つようになり、私たち人間を守り、願いを叶えてくれる力を持つようになると信じている人もいるようですが、日本人にとって神とは人間を超えた尊敬の対象なのだと思います。日本人は仕事や趣味であっても、だれにも真似のできない技を極めた人を神と呼ぶことがあります。また尊敬に値する人が亡くなった後に神として祀るのも、日本人が神を尊敬の対象であると考えている証ではないでしょうか。
仏教も仏とは悟りを開いた「人」と言う意味なので、絶対的支配者ではなく尊敬の対象なのです。仏様も釈迦如来や阿弥陀如来、薬師如来など複数の仏様がおられます。日本人は複数の神社やお寺を行き来していることに対して、疑問を抱いている人が居るようですが、尊敬する人を一人に絞る必要がないように、尊敬する神や仏を一つに限定する必要はないはずです。従って神社とお寺の両方に参拝に行ってもなんの問題もないはずです。
◆神様言うのは特別優れた人を言うらしいです
元から神様 優れている人もいるし
努力して優れた人になった人もいます
経営の神様みたいな
神様にも格の違いがあるみたいで
特別位の高い人もいれば そうでもない神様もおられます
霊格の高い 低い
元から神様の人は経験も多く 位が高い人が多いかも
努力して神様になった人は それはそれで偉いけど 経験値は低いかもしれませんね
神様言うのは滅多にいるもんではなく
どんな形でも神様はレアだと思います
◆神道では、神式葬儀をおこなえば、だれでも神として扱われます。
あなたが希望して神職が葬儀を行えば、あなたも神になります。
偉人や政治家だけが死後神様として扱われるわけではありません。
なお、神道には全ての神様がもとは人間だったという考えはありません。
様々な例があります。
例えば山にいる神様…いつ、なにから生まれたと言う理屈はないです。
まず、山の神だけで、何十種類もあり、それぞれに、様々な歴史や経緯があります。
なお、お守りを2つ持っていると神様が喧嘩するから良くない、と言う考えも神道にはく、それは民間の人がいう迷信です。
◆いつって、イザナギさんとイザナミさんが日本の国土を産んだときからだよ。
だから日本は神の国なわけね?
歳神さんも同じこと。
日本で見るあらゆる事象が神の顕現。
御守り二つ持とうが百万個もとうが喧嘩になりません。
八百万の神だからね?


質問タグ:八百万,歳神,いざなぎ,イザナミ,初日の出,神様,死後神様

【嬉】神道において、亡くなった偉人や政治家などが死後神様として扱われる…

神道において、亡くなった偉人や政治家などが死後神様として扱われる…

神道において、亡くなった偉人や政治家などが死後神様として扱われることが多いですが、全ての神様がもとは人間だったというわけではないですよね? 例えば山にいる神様…いつ、なにから生まれたのでしょうか?
初日の出とともにやってくる歳神様の正体は、なんなのでしょうか?
よく、お守りを2つ持っていると神様が喧嘩するから良くない、と言いますが、皆 仲が悪いのですか?!

神道は、統一されておらず、神の基準がありません
そのため、各地の神社は、祭神もてんでバラバラ...アンサー

神道は、統一されておらず、神の基準がありません
そのため、各地の神社は、祭神もてんでバラバラ
1神話上の神
天照大神や須佐之男命、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)など
2他宗教の神
弁財天や大黒天、毘沙門天(ミトラ神)、牛頭天王(ミトラ神)、第六天神(第六天魔王波旬=シヴァ神)など
特に牛頭天王社と大六天神社は、江戸時代まで夫々5,000社以上も存在してました
仏教、道教、ヒンズー教(バラモン教)、一神教系も見られます
諏訪大社・白人神社(添付写真)は、明らかに聖書系であり、ユダヤ教or原始キリスト教です
鹿の首を75頭分捧げる生贄などは、明白に聖書の「イサクの燔祭」に由来しており、日本古来の発想にないです
3天皇
天皇(上皇)は死後神性を持つとされています。
逆に恨みを持ってなくなると、大魔王です
崇徳上皇が史上最大の魔王であり、鎮める為、金刀比羅宮の相殿(副祭神)です
4武将や人
平将門・菅原道真など。
僧侶も祭神として祀られてます
道祖神は、名もなきご先祖です
靖国神社/護国神社のように戦死者・戦争犠牲者を祭神とする例もあります
5外国人
百済王や高句麗王族、フル/フツ(布都魂 ふつのみたま=朝鮮固有の先祖神)
徐福も数多く祀られている
渡来人が持ち込んだものが多い
6自然霊
龍や蛇・狐・狸・天狗など人としての過去生をもたないもの
7自然神
自然を神格化したもの(=アニミズム)
8物品に宿る神
石や剣などに宿る神
9性器信仰
東アジアの土着信仰として見られる
人の強い精力を見せつけて、悪霊を寄せ付け無いという意味もあり、東南アジアの村の入口には性器の模型がよく置かれる
インドなどでも土着の男性器(リンガ)信仰が強く、シバ神の象徴でもある
>山にいる神様
世界の宗教は共通して山に神が居るとします
モーセは、神(ヤハウエ)に会うためにシナイ山に登り十戒を授けられてます
アブラハムは、息子のイサクを神への生贄とするために、モリヤ山に登ってます
仏教は山を強く意識しており、すべての寺は山号を持っており、寺院の本部を本山と言います
バラモン教(後のヒンズー教)も山を意識していて、山岳信仰化してますがアジアに広まるうちに、仏教化して密教(山岳仏教)となってます
ヒマラヤのカイラス山(標高6656 m)は、仏教(特にチベット仏教)、ボン教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の聖地であり、頭頂許可が降りず、未踏峰として知られます
神道の山の神は平地の神と同じであったりしますが、密教系の天部や権現であることも多いです
世界には共通して山に登って霊格の高い神に近付こうという発想があり、密教と言います
ユダヤ教の修験者と日本の修験者(密教)は、ほぼ同じ格好でともにひたすら山に登ります
>初日の出とともにやってくる歳神様の正体
明治以降に造った神であり、具体性がありません
明治以降に鉄道の発達に伴い、正月に家族で遠出して神社や仏閣へ初詣することがブームになり、やがて定着したからです
単なる正月の行楽に過ぎず、その証拠に目的地は神社でも仏閣でも良いとされてます
江戸時代以前には無かった習慣です
故に、ご都合主義で、急に「歳神」などと言い出しただけの話です
そもそも、グレゴリオ暦の1月1日に、神道の歳神が来るんなんて、茶番でしょw
>お守りを2つ持っていると神様が喧嘩するから良くない
神と呼ばれるレベルの高級霊体は喧嘩しません
しかし
1神社と仏閣のお守り・御札を一緒にすると効果がほぼなくなる
2複数のお守り・御札は意識が分散してしまうので、できれば1つ又は少数が良い
と、能力者たちが述べてます
◆鹿の首を75頭分捧げる諏訪大社の御頭祭(現在は剥製)
1年中で最重要神事とする
これは聖書のイサクの燔祭に由来するユダヤの祭りそのもの
ユダヤでは羊を75頭捧げた。
日本には羊がいないので鹿を捧げたとみられる
鹿は日本では神獣とされるため、生贄にすることなどまずありえない
しかも聖書のイサクの燔祭に酷似した寸劇が、戦前までは祭りで行われていた。
聖書のモリヤ山ならぬ守屋山があり、重要な意味を持つ
7年に1度行われる、御柱祭りも聖書に由来している
◆人間が神になったわけではないです。
神式葬儀を行うなどして神になった例もありますが、多くはないです。
また日本の神と神が喧嘩することはないのです。
◆日本には八百万(やおよろず)の神々が居ると言われていますが、大きく分けると4種類の神に分けることができます。
・神話の神で天皇に関係ある神社で伊勢神宮や出雲大社などがあります。
・死んだ人を神として敬う天満宮や東照宮や靖国神社などがあります。
・中国やインド由来の神で、七福神があります。
・木々や森や湖など日本全国に自然を神として祀る神社や社が数多くあります。
この自然信仰が日本古来の信仰であり、神として敬うということはみんなで大切に守るということでした。みんなで大切に守ることによって、自分たちも自然からの恵みによって守られるという考え方なのだと思います。この考え方が他の神にも受け継がれ、全ての神を大切にすることで人間も守られるという考え方になったのではないでしょうか。どんな神でもそのまま受け入れることで、争わずに皆が平和に暮らすための知恵だったのではないかと考えています。
日本の神道には教義がありません。教義がないということは神が人間に対して何も教え導いていないと言うことです。有るのは祭りや結婚式やお祓いなどの儀式だけです。宗教には必ず教義や経典があり、人間に対して何らかの指針を示していることが必要です。教義がなく儀式だけが有るということは宗教ではなく日本の伝統文化だと考えた方が良いのではないかと思っています。宗教ではなく日本の文化であったからこそ、どんな神様も受け入れることができたのではないでしょうか。
キリスト教やイスラム教のような一神教の神が人間に対して絶対的な支配者であり、人間に服従を求めるのに対して、日本の神は人間に対して服従を求めたり指示を出したりしていません。神社には死んだ人の怨念や呪いや自然の脅威を鎮めたり、封じ込めるために設けられたものもありますが、神になれば人間にない力を持つようになり、私たち人間を守り、願いを叶えてくれる力を持つようになると信じている人もいるようですが、日本人にとって神とは人間を超えた尊敬の対象なのだと思います。日本人は仕事や趣味であっても、だれにも真似のできない技を極めた人を神と呼ぶことがあります。また尊敬に値する人が亡くなった後に神として祀るのも、日本人が神を尊敬の対象であると考えている証ではないでしょうか。
仏教も仏とは悟りを開いた「人」と言う意味なので、絶対的支配者ではなく尊敬の対象なのです。仏様も釈迦如来や阿弥陀如来、薬師如来など複数の仏様がおられます。日本人は複数の神社やお寺を行き来していることに対して、疑問を抱いている人が居るようですが、尊敬する人を一人に絞る必要がないように、尊敬する神や仏を一つに限定する必要はないはずです。従って神社とお寺の両方に参拝に行ってもなんの問題もないはずです。
◆神様言うのは特別優れた人を言うらしいです
元から神様 優れている人もいるし
努力して優れた人になった人もいます
経営の神様みたいな
神様にも格の違いがあるみたいで
特別位の高い人もいれば そうでもない神様もおられます
霊格の高い 低い
元から神様の人は経験も多く 位が高い人が多いかも
努力して神様になった人は それはそれで偉いけど 経験値は低いかもしれませんね
神様言うのは滅多にいるもんではなく
どんな形でも神様はレアだと思います
◆神道では、神式葬儀をおこなえば、だれでも神として扱われます。
あなたが希望して神職が葬儀を行えば、あなたも神になります。
偉人や政治家だけが死後神様として扱われるわけではありません。
なお、神道には全ての神様がもとは人間だったという考えはありません。
様々な例があります。
例えば山にいる神様…いつ、なにから生まれたと言う理屈はないです。
まず、山の神だけで、何十種類もあり、それぞれに、様々な歴史や経緯があります。
なお、お守りを2つ持っていると神様が喧嘩するから良くない、と言う考えも神道にはく、それは民間の人がいう迷信です。
◆いつって、イザナギさんとイザナミさんが日本の国土を産んだときからだよ。
だから日本は神の国なわけね?
歳神さんも同じこと。
日本で見るあらゆる事象が神の顕現。
御守り二つ持とうが百万個もとうが喧嘩になりません。
八百万の神だからね?


質問タグ:八百万,歳神,いざなぎ,イザナミ,初日の出,神様,死後神様

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